その日、一九時。首相官邸前は騒然としていた。

警察発表で二万人。色とりどりのプラカード、のぼり旗、巨大な看板。それらに書かれた主張は様々だった。

「首相は辞めろ」「皇国日本建国の精神に還れ」「No nukes」 「仇ナス敵ハ皆殺シ」「移民受け入れ反対」

あらゆる異なる主張が鍋の中でごった煮されていた。そしてそれは沸騰しすぎていて誰も手が付けられなかった。

それぞれに書きなぐったそれぞれの主義主張とは裏腹に、シュプレヒコールは統一されていた。

「言葉を取り戻せ!」

私はその狂騒にまぎれ、“テンプレート逸脱”者たちの顔をひたすら動画におさめていた。“新言語秩序”のメンバー達の多くが同じようにこのデモの中に紛れている。この騒ぎの中ではスマートフォンで写真や動画を撮っている人は珍しくない。

しかし言葉ゾンビたちの勢いがこれほどまでになるとは思ってもいなかった。言葉ゾンビの若き英雄である希明が捕まり“再教育”を施されたという事実は、シンパ共の導火線に火をつけた。“テンプレート逸脱”活動は全国に広まり、世論の風向きは瞬く間に変わり、 今日のデモへと結びついた。

拡声器やスピーカーから音が割れた叫び声。ハウリング。どこかで打楽器が一定のリズムを鳴らし続け、群衆の雄たけびがあちらこちらから聞こえる。ここで私が“新言語秩序”とばれたら殺されてしまうかもしれない。

簡易的に作られたステージの上に希明を見つけた。マイクを握り言葉の自由が必要だと扇動的にまくし立てる。

“再教育”による顔の傷も癒えないまま、“テンプレート逸脱”を繰り返した彼は、 若者たちのカリスマへと成り上がった。暴力に屈しない勇敢な戦士として言葉ゾンビの象徴となった。彼に心酔した若者がステージを取り囲み、彼の言葉に耳を傾けていた。

私が動画を録りながらステージに近づいた

とき、ステージ上にいる希明の取り巻きの一人が私に気づいて、私を指さし叫んだ。

「言葉殺しがいるぞ!」

た。 辺りの人々の目玉が一斉にこちらへ向い

まずい。殺されるかもしれない。

話を中断した希明が「待て」といい私を見つめる。

マイクを通して私に話す。

「言いたい事はあるか?」

私は首を横に振り答えた。